【第5話】発達障害の人が接客業・公務員で困ることは?
「お客様へのとっさの一言が出てこない…」「たくさんの仕事を同時にこなすのが本当に大変…」。
人との関わりが多い「接客・サービス業」や、社会のルールや規律が重視される「公務員」の仕事。発達障害の特性や傾向のある方にとって、これらの職種は大きなやりがいを感じられる一方で、特性による困難に直面しやすい場面も少なくありません。
今回は、これらの業種で働く当事者がどのようなことに困り、どんなサポートを求めているのか、具体的な事例を交えてご紹介します。
前回のコラムでは「事務職」と「IT・技術職」における発達障害の特性を持つ方の困難と配慮についてお伝えしました。今回は、お客様との直接的なやり取りが多い「接客・サービス業」と、教員や役所職員などを含む「公務員」という、また異なる特性が求められる業種に焦点を当てます。
【業種別レポート③】接客・サービス業で多く見られる傾向

小売店や飲食店などのサービス業は、厚生労働省の調査でも発達障害の特性を持つ方の就業者が近年増えている分野です。人と接することが好きで、販売やサービスの仕事を選ぶ方もいますが、現場では「お客様への対応が臨機応変にできず辛い」「ミスが多くて自己嫌悪に陥る」といった悩みが聞かれます。
背景 増える就業者と、ミスマッチの現実
サービス業は、その場の状況に応じた柔軟な対応や、複数の業務を同時にこなすこと(例:レジをしながら品出し、お客様からの質問対応など)が常に求められるため、発達障害の特性とのミスマッチが起きやすい業種の一つと言えます。
接客・サービス業で当事者が感じる主な困難
困難の種類 | 具体的な状況・課題 |
臨機応変な対応の難しさ | マニュアルにない予期せぬお客様からの質問やクレーム対応など、とっさの判断や対応が非常に難しい。自分で考えて動くことが苦手なため、細かく指示を仰ぐ必要があり、対応に時間がかかってしまうことがある。 |
同時進行業務と注意散漫 | お客様対応をしながら在庫補充、電話対応など、複数の作業を同時に行う必要がある場面で、「どれから手をつければいいか分からず混乱する」ことがある。一つのことに集中すると他が見えなくなったり、逆に注意があちこちに飛んでミスにつながったりしやすい。 |
対人マナー・空気を読む難しさ | 笑顔や丁寧な言葉遣い、適度な世間話など「感じの良い対応」が求められるが、「暗黙の了解」を理解するのが難しく、悪気なくぶっきらぼうな態度や不適切な言葉遣いをしてしまうことがある。お客様に急かされてパニックになり無言になってしまうケースも。 |
感覚過敏による疲弊 | 店舗の騒音、人混み、強い照明や特定の匂い(香水、洗剤、食品など)といった刺激が多い環境のため、感覚過敏のある当事者にとっては長時間いるだけで心身ともに疲弊してしまう。厨房の音や臭い、商業施設の雑踏などが特にストレス要因となりやすい。 |
当事者が接客・サービス業で求める支援・配慮例
- 想定されるお客様対応パターン(特にクレームやトラブル時)について、詳細なマニュアルやトークスクリプトを用意する。「トラブルが起きた際のマニュアルを事前に渡しておく」ことが重要。
- 新人研修などでロールプレイング(模擬練習)の機会を設け、対応手順を身体で覚えられるようにする。
- 複数の頼まれごとを同時に振らず、「作業は基本的にひとつずつ依頼する」ことを徹底する。
- どうしても複数の作業が重なる場合は、事前に優先順位を伝えるか、メモを書いて渡すなど、本人が後から順番に処理できるように配慮する。
- 接客中に本人がパニックになったり、不適切な対応をしてしまったりした際に、上司や同僚がすぐにカバーに入れる体制(例:代わりにお客様対応を引き取る)があると安心できる。
- 後でこっそりとでも「今の対応は、ここをこうするともっと良くなるよ」と具体的にフィードバックしてもらうことで、次に活かせる。何も言われないと問題に気づけないことが多い。
- 長時間の立ち仕事や騒がしいフロアでは、短い休憩をこまめに取れるよう勤務シフトを柔軟にする。
- 休憩室は静かで落ち着ける場所にする。必要に応じて耳栓の使用を認める。
- 人混みが苦手な人には、バックヤード作業(品出し、在庫管理など)を中心にする、人前に出る時間を短くするといった配置転換も、本人の希望に応じて検討する。
【業種別レポート④】公務員(教職・官公庁・警察等)で多く見られる傾向

教員、市役所や県庁などの官公庁職員、警察官や消防士など、公的な機関で働く発達障害の特性のある方も多くおられます。これらの職場は社会的な使命感や規律が重んじられる一方で、近年は合理的配慮の観点から障害者雇用の拡大も進んでいます。
背景 規律と合理的配慮の狭間で
しかし、民間企業とはまた異なる「組織の暗黙のルールになじめない」「業務量が多すぎてパンクしてしまう」といった声も聞かれ、特有の難しさがあるようです。
公務員の職場で当事者が感じる主な困難(職種ごとの例)
職種例 | 具体的な困難の例 |
教職員 | 授業、生徒指導、保護者対応、事務作業、部活動指導など、極度のマルチタスク。授業準備に時間がかかりすぎて他の業務が滞ることも。生徒の突発的な問題行動に適切に対処できず混乱する。言葉足らずで誤解を招くことがある。 |
官公庁職員 | 窓口業務での不特定多数の市民への柔軟な対応(想定外の質問、感情的なクレーム)が負担。年功序列や部署間の根回しといった組織特有の暗黙ルールへの適応。上司の指示が抽象的でも質問しづらい雰囲気。 |
警察官・消防士等 | 緊急時の瞬時の状況判断や臨機応変な対処(犯人対応、被害者ケア等)が大きなハードル。厳格な上下関係の中で、指示の意図を汲み取れず叱責される。細かいミスを過度に咎められ萎縮する。 |
ただし、警察や消防でも事務や分析といった内勤業務もあり、そうした分野では強みを発揮している当事者もいます。適材適所の配置が他業種以上に重要と言えるでしょう。
当事者が公務員職場で求める支援・配慮例
- 担当する業務の範囲を明確にし、過度な業務量にならないよう調整する。
- 例えば教師であれば、負担の大きい係や委員会業務を一部免除する、警察官であれば比較的計画業務の多い部署への配置を検討するなど、本人の特性と適性に合った持ち場を考慮する。
- 配置転換が多い公務員職場では、その都度、職場のメンバーに本人の特性を理解してもらうための仕組みが必要。
- 職場内研修やマニュアルで発達障害に関する基本的な知識を共有する。必要に応じて産業医や発達障害者支援センターと連携し、周囲への説明機会を設ける。
- 上司には「具体的な指示を出してほしい」「困っているサインを見逃さずフォローしてほしい」など、当事者から希望を伝え、それを踏まえたマネジメントをしてもらう。
- 特にメンタル不調をきたしやすい職種(教員、警察官など)では、発達障害のある職員に対して、産業医やカウンセラーとの定期的な面談機会を確保するなど、早期からのケアが求められる。
- 組織として「困ったときは精神科産業医に相談できる」といった体制を周知しておく。
- 公務部門でも障害者雇用の一環として合理的配慮が義務付けられているため、それを現場レベルで実践する。
- 例:会議資料は事前に共有し発言の機会を調整する、専門用語や暗黙のルールを新人にも分かりやすく明文化する、朝礼の進行役を免除するなど、細やかな配慮を積み重ねる。
- 各自治体で公表されている「発達障害のある職員への対応マニュアル」なども参考に職場改善を進める。
公的な職場では、民間企業以上に組織として配慮策を整備し、一人の上司や同僚だけに負担をかけず、組織全体で理解を深めサポートする体制を取ることが求められます。
本人の同意や希望がある場合には、職場に特性を開示し周囲が協力していくことが、公務員職場においても長く活躍してもらうための鍵となるでしょう。
まとめ

今回は、人との関わりが多い「接客・サービス業」と、社会的な役割の大きな「公務員」という職種に焦点を当て、発達障害のある方が直面しやすい困難と、求められる配慮についてご紹介しました。
それぞれの職場環境や業務内容によって、必要なサポートの形は異なりますが、共通しているのは「本人の特性を理解し、できる範囲で環境を調整すること」の重要性です。
20年以上臨床の現場におりますが、公務員職・接客業・サービス業で、心を壊してしまう方は実際にとても多いです。
「お客様第一」の現場及び「お客様の回転率が高い」ことが事前に想定できる仕事は、スタッフひとりひとりに対して手厚いサポートを向けることが極めて難しいのではないかと感じます。
しかし、発達障害の特性を持つ方の増加が見られる昨今、特性を持つお客様の困りごとに細やかに気づき「本当に必要なサービス」を提供できるのもまた、似た特性を持つ彼らなのです。「向かない・向いていない」のではなく、適材適所があるのではないか? と一考してみる価値は十分にあるのではないかと思います。
次回はいよいよ最終回です。これまでお伝えしてきた困難と配慮のポイントを改めて整理し、発達障害の特性や傾向のある人もない人も、誰もが共に働きやすい職場を築くために、企業や個人が今日からできること、そして当事者自身ができることについて、具体的なアクションプランを交えながら考えていきます。
✍オンラインカウンセリング「あたらしい今日」主宰・カウンセラー真由
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