「過関心・過干渉・虐待・支配・洗脳」――毒親ロイヤルストレートフラッシュな母から育てられた私。
子どもは持ちたくない。産みたくもない。そう思っていたけれど飼っていた犬のお産に立ち会い、睡眠を極限まで削って母犬と生まれたての子犬たちの世話をしていくなかで、少しずつ頑なさが緩んでいく自分がいました。
ゾッとする毒親の遺伝子
しかし、私自身の中に…例えば口癖や味噌汁の味付けや、ふいに窓ガラスに反射したふとした表情や眉の寄せ方なんかに「母の面影」を見つけた時なんかにゾッとすることが度々ありました。
あれだけ嫌って憎んでいるのに、とことんまで軽蔑して反面教師にして生きてきたのに『血』はウソをつかない。こんなにもおぞましいことがあるのかと、眩暈がしそうでした。
だとするなら、母の血が私に間違いなく流れているのだとしたら先ずは「虐待の連鎖」を絶たなければならない、そう思いました。
もちろんこれは私の感情であり、誰かにそれを求めるつもりはありません。当時、心療内科を専門に目指していた私にとっては絶対に必要なことだったのです。
ストップ・『認知の歪み』
毒親問題やアダルトチルドレン、愛着障害や愛着形成に悩んだことのある方の中には『認知の歪み』という言葉をなんとなく目にしたことや耳にされたことがあるかもしれません。
過去記事のなかでも、『認知の歪み』について書いたことがあります。
『認知の歪み』という言葉を耳にすることが増えてきましたが、具体的にはどんなことを指すのでしょうか?
『認知の歪み』は、私たちが物事を考えるときに無意識にしてしまう「偏った考え方」や「現実とは少しずれた思考パターン」のことを指します。これは、私たちの感情や行動に影響を与え、ネガティブな気持ちを引き起こしやすくする原因になることがあります。
以下は、『認知の歪み』のよくある例を簡単に説明します。1. 白黒思考(全か無か思考)
物事を「完璧」か「完全な失敗」かのどちらかで捉える考え方。
例:テストで90点を取ったのに「100点じゃないから失敗だ」と思う。2. 一般化のしすぎ
一つの出来事から「いつもこうだ」「すべてダメだ」と考えること。
例:一回ミスをしただけで「自分は何をやっても失敗する」と決めつける。3. 自己関連付け(個人化)
何か悪いことが起こると「自分のせいだ」と考える癖。
例:友達が元気がないのを見て「私が何か悪いことをしたのかも」と思い込む。4. ポジティブの無視
良い出来事や成果を軽視し、悪い側面ばかりを見てしまう。
例:「成功したのは運が良かっただけで、自分の力じゃない」と思う。5. 悲観的な予測(カタストロフィック思考)
最悪の結果ばかりを想像してしまう考え方。
例:「会議で発言したら、絶対に笑われるに違いない」と考えてしまう。
当時の私はやはり『認知の歪み』があり、思考や行動の邪魔をしている自覚はありました。母もまた強い『認知の歪み』があり、しかし母自身はそのことに気がついてもいなかったため、
- 母の価値観
- 母が正しいと思っているモラルやマナー
- 母の信じている一般常識(世間からはずれている)
などを一方的に押し付けられ、とても窮屈で息苦しい子ども時代を過ごしてきました。自分の子ができたら絶対に同じ思いはさせない。多くの人と同じように私ももちろんそう思っていました。
でも、『認知の歪み』の恐ろしさも…職業柄、十分すぎるくらい分かっていました。思いとは裏腹の行動をいとも簡単にとらせてしまうのが、『認知の歪み』の怖いところだと、すでに何十例何百例と診ていましたから。
虐待の連鎖を断つために『認知の歪み』を矯正する
虐待連鎖を断ち切るための『認知の歪み』の矯正の仕方は、先生方によって異なりがありますし、効果の出方も人それぞれ。相性もありますしね。
当時の私に目に見えて効果があったのが「マイナス予想の正誤日記をつける」ことでした。治療の中でステップは踏んでいくのでこれだけが効果があったわけではないのですが、あの頃の私には大きな結果をもたらしたので簡単に紹介します。
正誤日記〔実例〕
〇月26日 A先生の機嫌が悪かった。私が先週出したレポートがいい加減だったから? 週末の飲みの誘いを断ったから?
↑当時の私、『認知の歪み』バリバリ(笑)
〇月29日 この間のA先生の機嫌の悪さは、気圧の関係で連日頭痛が続いていたからとのこと。私のせいじゃなかった~♪
『認知の歪み』による「否定的な思い込み・マイナス思考からくる予想」が結局のところ当たっていたのか、間違っていたのか『正誤日記』をつけていきました。
そうすると、高い確率で「否定的な思い込み・マイナス思考からくる予想」は外れていることが分かってきました。
母から否定され、一般常識が欠けているなどと罵られて育ったため、誰かの機嫌の悪さなどを「私のせいかも?」と頻繁に思っていたけれど、そんなことはほとんどありませんでした。
正誤日記は「客観的洞察力」が養われる
そればかりか、正誤日記を振り返ると「A先生って機嫌がコロコロかわって周囲をひりつかせるな」「B先生はC先生が褒められると機嫌が悪くなるな」など、人間性の分析もできるようになってきました。
そうなると不思議なもので、A先生のこともB先生のことも怖くなくなってきたばかりか「自分の機嫌も自分でとれない子どもっぽい人達」と見方が変わってきて、彼らを屁とも思わなくなってきました。
自分に自信が持てなくて「自分のせいで」「自分のせいだ」と思い込みがちな『認知の歪み』がある人は、もしよかったら『正誤日記』をつけてみてください。続けると見えてくるものが必ずあると思います。
患者さんの中にもやはり『認知の歪み』が強く、すべてを悪い風にとらえてしまう方がいます(たくさんいます)。
〇月23日 腹部の鈍痛が続いている。次第に張ってきた。きっと自分は癌だ。来年生きていられるかどうか…なにひとつ満たされない人生だった、自分は幸せになれないように生まれてきたんだ…
と、毎日LINEで上がってくる正誤日報に書かれてあったので「うんち出てる? 便秘じゃない?」と、便通に即効性の高い食事メニューを勧めたところ
「〇月24日 どうやら癌ではなさそうだ」と『認知の歪み』がまた1つ矯正されていました。お通じが治ったようで(笑)。※ご本人の許可を得てエピソードを紹介しています
毒親育ちが40歳になって思ったこと
- 娘と夫がシュウマイをつくっている
- 息子と夫がスパイスカレーをつくっている
- 毎日のように子どもたちが友達を家に連れてくる
- 子どもたちが各自の部屋ではなくリビングで宿題をしている
- 進路や進学の相談を息子が夫にしている
- 洗面所から娘の鼻歌が聞こえて、お風呂場から息子の鼻歌が聞こえる
私が育った家ではありえなかった光景が、目の前に広がっているのを見るたびに100点ではないだろうけど「神様から、そこそこの点数をつけてもらえる子育てはできている」ように思えました。
私が育った家では、母以外は「隠しごと」が多かったんです。何を言っても、何をやっても全肯定されることはなかったですし、否定されたり非難されたり鼻で笑われたり、馬鹿にされるから言わないの。言えないの。
子どもなのに個人プレー。自尊心を守るために隠すんです。そんなのおかしいって今は思うけど、うちの家族は…母以外は、そんな風にして母から人格否定されることから必死で自分を守っていました。
隠しごとがないことが何よりも正しいとは思いません。けれど、家族間の風通しが良いことは、ある種「健全な証拠」だと思います。
20代半ばから30代にかけて、時々、自分と向き合うのがしんどくなりながらも『認知の歪み』を正す治療をうけて本当に良かったです。
『認知の歪み』を矯正し、生きづらさを手放した先にあった「自分らしく生きる喜び」「正当な自己評価」「不安が付きまとわない生活」「自分を信じることができたら、他人のことも信じられるようになった」これらのことが何よりも嬉しいです。
今、これを読んでくださっている方の中に、『認知の歪み』を自覚していて手放したいなと思っておられる方がいらっしゃれば、一緒に頑張ってみませんか?
行動を制限されたり思考を支配されない、自分のための人生の歩き方を知ってみませんか? ほんの少し時間を要するかもしれないけど「生きててよかった」「自分として生まれてきてよかった」と思えるサポートができればこんなにも喜ばしいことはありません。〔©カウンセラー真由〕