ふだん時事ネタは書かないようにしています。アクセスアップを求めるなら追った方がいいんだろうけど、激化した議論に巻き込まれるのも面倒だし、内容がセンシティブであればなおさら誰かを追いつめてしまう可能性になることはできるかぎり避けたいと思っています。
24年12月、女性誌の記事を発端に、元・男性有名芸能人の性加害のニュースが列島をかけめぐりました。その後の騒動はきっと多くのかたが詳しいだろうから省略。
性被害者が遭いやすい「絶望」の重なり
ニュースをひとまず鵜呑みにするならば、要約すると某誌にはこのように書かれてあったと記憶します。
- 密室で性加害をうける。
- 勤務先の上司等に被害を訴えるも納得のいく対応はされず。
- 数多の弁護士に相談を断られ続ける。
私が今回書きたいのは…被害者とされる女性が、当時見たであろう幾つもの絶望について。
心療内科を20年やっていて、オンラインではカウンセラー真由を名乗り地味に地道に活動しているので性被害に遭われたかたの治療やカウンセリングをする機会は悲しいかな、少ないとは言えません。
それでも…勇気を振り絞って治療を求めて、手を伸ばして下さる方は被害に遭われたかたのなかのほんの一部だと思うと、自分の無力さに胸をかきむしりたくなります。
余談:「諦めた方がいい」と思わされること
過去記事のなかでも触れましたが、私は毒母育ちです。自分で言うのもあれですが、そこそこの酷い虐待は受けています。
当時は今のようにSNS等がなく、親子仲は話合えばどうとでもなる。それでも育ててもらったことに感謝すべきという風潮が「当たり前」でした。
「私が悪い子だから母はあんなことをしたのかもしれない」
「私が言うことを聞かないから、母は酷いことを言うのかも」
「でも…本当に私、そこまで酷いことをした…?」
何度も自問自答を繰り返しながら勇気を振り絞って、周囲の大人に助けを求めた先にあったものは「実のお母さんが自分のお腹を痛めて産んだ子に、そんなことをするはずがない」「たとえそれが本当のことだとしても、ここまで育ててくれたことに感謝はすべき」等というものばかりでした。
受けた被害よりも、影響の大きさを憂慮されること
実家は病院を経営していました。父も医者で地元では知られていましたから、当然、母の虐待が明るみになると大きな影響が出ます。弟と私が涙をのみ込めば済む問題だと、暗に言われているのだと子どもながらに気づいていました。
誰も真剣に介入してくれない。
誰も真剣に取り合ってくれない。
誰も真剣に傷ついた心に寄り添ってくれない。
救いを求めるたびに味わった絶望は、やがて諦めにかわりそうになりました。だけど、たった1人…ほんとにたった1人の大人が我々姉弟に手を差し伸べてくれたんですよね。
性被害者が隠れる必要のない国になってほしい
今回の被害者とされる女性が味わった絶望は、当時の私のそれよりもはるかに深い――比べるものでもないのでしょうが、記事に書かれていたことが真実であれば――女性としての尊厳を踏みにじられているのですから。
仕組まれた罠だと気づいた時。
尊厳を踏みにじられた時。
上司や幹部に適切な対応を求めた時。
弁護士に相談を断られるたびに。
被害者女性はいったいどれほどの「地獄」をみただろうかと思うのです。それでも被害者女性が生きていてくださることそのものに、頭が下がるというか…気高さと強さと尊さを感じずにはいられません。
ネット上で被害者であろうと名前を挙げられているかたがおられますが、私はその真偽を確かめるすべをもっていません。
ただ、彼女が今回の性被害者ではなかったにせよ、なんらかの理由でとても苦しい思いをなさりPTSDの治療を受けておられた(る)という事実があるならば、一部の者たちから筋違いの攻撃を受けているというのは…ちゃんちゃらおかしいというか、世も末感がすごいです。
性被害をうけるのは女児、男児、女性が多いのが現状です。
しかし、青年期以上(16歳~)の男性にも被害に苦しむかたもいらっしゃいます。男性の性被害はなぜか軽んじられるむきがありますが、子どもや女性が受ける性被害と同様に深刻な性犯罪の被害者ですよ。揶揄されてよいはずがありません。
今回の事件を通じて、性被害に苦しむかたがたが「勇気を出して声を上げても、やっぱりこんな風に第二・第三の被害(誹謗中傷被害)に遭うんだ…」と救いを求める手を引っ込めてしまうことが医療者として、1人の人間として、娘をもつ母親としては非常に怖いことです。
日本は今、本当にかわらなければなりませんね。
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