「家族は平等」の嘘
私たちは皆、それぞれの家族の中で育ち、さまざまな人間関係を経験します。
親からの愛情や期待の向けられ方がきょうだいの間で偏り、その後の人生に大きな影響を与えることがあります。今回は、そのような「きょうだい格差」について長く胸の痛みを抱えている方への理解と心の回復への道筋を丁寧にお伝えしたいと思います。
家族という小さな社会の中には、目に見えないヒエラルキーと役割分担があります。
その中でもよく語られる「愛玩子」と「搾取子」に焦点を当て、その違い・共通点・今後の向き合い方を具体的に整理していきます。
家族の中の「愛玩子」と「搾取子」──その定義と違い
役割 | 愛玩子 | 搾取子 |
---|---|---|
親からの扱い | 可愛がられるが「理想の子」として管理される | 愛情ではなく労働力として必要とされる |
家族内での位置 | 目立つ存在・“親の誇り” | 黙って従う役割・“都合の良い存在” |
よく言われる言葉 | 「あなたが一番」「期待してる」 | 「お前がやれ」「あんたが我慢して」 |
心に残る傷 | 他人の期待でしか自分の価値を感じられない | 自分の感情や欲求に蓋をして生きる癖 |
成人後の傾向 | 自他の境界が曖昧・自己否定と過剰な責任感 | 対人恐怖・依存と拒絶の反復・無価値感 |
親からの偏った愛情「愛玩子」とは?
「愛玩子」という言葉をご存じでしょうか。これは、親から特別に可愛がられ、多くの愛情や時間、お金を注ぎ込まれる子どもを指すことが多いです。
まるで親の望みを叶えるための「自慢の子」のように扱われることから、この言葉が使われるようになりました。
愛玩子の特徴と心の内側
愛玩子は、親から「こう育ってほしい」という期待を強くかけられ、その期待に応えようと頑張る子どもが多いでしょう。常に良い成績を取り、親の喜ぶ振る舞いを心がける「優等生タイプ」になる傾向が見られます。
欲しいものを与えられたり、他のきょうだいよりも優遇されたりすることも少なくありません。
しかし、その一方で、本当の自分を見せることへの不安を抱えやすいものです。
親の愛情が「成績が良いから」「親の言うことを聞くから」といった条件付きで与えられていると感じると、失敗を恐れ、完璧であろうと努めるようになります。
自分の感情や、本当にやりたいことが何なのかを、深く考える機会が少ないまま成長してしまうこともあります。
大人になった愛玩子の心と親との関係
成人されてからも、愛玩子は「自分は特別」という意識を持ち続ける一方で、他人の評価にとても敏感な方がいらっしゃいます。常に周囲の期待に応えようと無理をしてしまい、心の疲れを感じやすいかもしれません。
親との関係は、幼い頃と同じように「期待に応えれば愛してもらえる」という思いが続きやすいものです。
しかし、親が年を重ね介護が必要になった時に、愛玩子が介護という「面倒」から距離を置こうとしたり、その責任から逃れようとしたりする傾向が見られることもあります。こうした行動が、他のきょうだいとの間にさらなる心の溝を生む原因になることもあります。
負担を背負わされる「搾取子」とは?
「搾取子」という言葉は、親のストレスや、経済的・感情的な負担のはけ口として利用され、心身ともに苦しい思いをしてきた子どもを指します。
搾取子の特徴と心の内側
搾取子は、親から十分な愛情や関心、必要なものを与えられないばかりか、まるで家庭の労働力や犠牲として扱われることがあります。
例えば幼い頃から家事を多く担ったり、きょうだいの面倒を見たり、時には進学を諦めさせられたり、給料の一部を親に渡すことを求められたりするといった、つらい経験をなさる方もいらっしゃいます。
このような環境で育つと、「自分が我慢すれば丸く収まる」「自分は愛される価値がない」という思いが心に深く根付いてしまうことがあります。
自分の感情や意見を抑え込み、他人の顔色ばかりをうかがって生きてしまいがちです。その結果、自分が何をしたいのか、何を感じているのかが分からなくなる「自己喪失」の状態に陥ってしまうことも少なくありません。
大人になった搾取子の心と親との関係
成人された後も、搾取子は自尊心がとても低いままでいらっしゃる方が多いようです。
義務感から他人に尽くしすぎて、心身ともに疲弊してしまうことや、自分の本当の気持ちをうまく伝えられず、人間関係が長続きしないといったお悩みを抱える方もいらっしゃいます。幼い頃のつらい経験が心の傷として残り、心身症やうつ状態など、専門的な心のケアが必要となる方も少なくありません。
親との関係は、幼い頃からずっと「愛されたい」と願いながらも、その思いが報われないという深い葛藤を抱え続けてきたことでしょう。親との距離を置くことで、初めてご自身の人生を歩み始めることができる方もいらっしゃいます。
親の介護が必要になった際には、幼少期からの役割の延長として、親の介護の主たる担い手となりやすい傾向があります。これは他のきょうだいが介護から距離を置く中で、「自分がやらなければ」という義務感や罪悪感から、重い介護の負担を背負ってしまうためです。
幼い頃の不満や怒りが介護を機に再び噴き出し、心身ともに疲れ果ててしまうことも少なくありません。
家族の役割は変わることも ~ 親の態度が入れ替わる傾向
親によるきょうだい差別は、常に固定されているわけではありません。
親の状況やきょうだいの成長段階によって、愛玩子と搾取子の立場が入れ替わることがあります。
東洋経済オンラインの事例では、幼い頃に「のびのび育った」と認識していた搾取子の男性が、長子である姉が家を出た途端に親の関心が自分に向き、過度な期待や負担を背負わされることで追い詰められた経験が報告されています。
これは、親が家庭内のバランスや自身の都合に応じて、特定の子どもに担わせる役割を変えることを示唆しています。
親が差別的な態度を取る背景には、親自身の心の傷、ストレス、あるいは世間体や見栄を優先する気持ちが隠れていることがあります。
アルコール依存症や精神的な課題を抱える親の場合、その状態の変動によって子どもへの態度が変わり、一貫性のない養育態度となることがあります。また、親自身の完璧主義が、子どもへの過剰な期待や、期待に応えられない子どもへの差別的な態度につながることもあります。
このような親自身の「機能不全」や「生きづらさ」が子どもに影響を与え、きょうだい間で偏った役割分担がなされる結果として、その役割が入れ替わる現象が生じることもあるのです。
自分の役割に気づいたあとの心のケアと関係性の変化
ご自身が親から不当な扱いを受けていた「搾取される子ども」だったと気づくことは、非常に苦しく、時には怒りや悲しみ、虚しさといった複雑な感情を伴うプロセスです。しかし、この気づきこそが、心の回復への大切な一歩となります。
親との交流について
ご自身が搾取子であったと気づいた後、親との関係を見直すことは、多くの方にとって大きな課題となります。
「私は悪くない」と受け止める タップで詳細
まず、親から受けた不当な扱いは、ご自身のせいではないと強く認識することが大切です。
この自己肯定が、心の回復の土台となります。
適切な距離を設ける タップで詳細
親との関係が、ご自身の心にとって健全でないと感じる場合、心理的・物理的な距離を設けることも、ご自身を守るための大切な選択です。
例えば、連絡の頻度を減らす、実家への帰省を控える、経済的な援助の限界を明確にするなど、具体的な境界線を引くことを検討してみてください。
感情を表に出してみる タップで詳細
これまで抑え込んできた怒りや悲しみ、不満といった感情を、信頼できる第三者(カウンセラーや自助グループの仲間など)に話してみる練習を始めてみましょう。
親に直接伝えるのが難しい場合は、まずご自身の感情を整理することから始めても良いのです。
期待を手放す勇気 タップで詳細
親が変わることを期待しすぎると、再び深く傷ついてしまう可能性があります。
親自身も、ご自身の育ちの中で機能不全な状態にあったのかもしれません。
簡単に変わることは難しいという現実を受け止めることも、ご自身の心の平穏につながることがあります。
専門家のサポートを求める タップで詳細
カウンセリングや心理療法は、過去の心の傷を癒し、自己肯定感を回復するための力強い支えとなります。
親との関係を客観的に見つめ直し、ご自身にとって健全な関係を築くための具体的なアドバイスを得ることもできます。
親のきょうだい差別により不仲になったきょうだいとの今後

親のきょうだい差別は、兄弟姉妹間に深い溝を生むことが少なくありません。不仲になったきょうだいとの関係は複雑ですが、以下のアドバイスが考えられます。
過去の役割を認識し、理解を試みる タップで詳細
愛玩子として育ったきょうだいも、親の期待に応え続けなければならないという、異なる形の苦しみを抱えていた可能性があります。
互いの幼い頃の役割や、それがもたらした影響を理解し合うことが、関係修復の第一歩となるかもしれません。
直接的な対話を試みる(慎重に) タップで詳細
感情的にならず、冷静に過去の出来事やそれぞれの感情を共有する機会を設けることを検討します。
ただし、相手に攻撃的になる可能性がある場合や、関係が悪化するリスクがある場合は、無理に話し合いをしない方が賢明です。
必要であれば、家族療法士などの専門家を交えて話し合うことも有効です。
互いの境界線を尊重する タップで詳細
それぞれが異なる経験を持ち、異なる価値観を持っていることを認め、互いのプライバシーや選択を尊重する姿勢が重要です。
過干渉を避け、依存的な関係にならないよう注意しましょう。
期待しすぎない タップで詳細
家族だからといって、必ずしも良好な関係を築けるとは限りません。
関係改善が難しい場合は、無理に修復しようとせず、適切な距離を保つことも選択肢の一つです。
お互いにとって健全な距離感を見つけることが大切です。
自分自身の幸せを優先する タップで詳細
きょうだいとの関係に固執しすぎず、自分自身の精神的な健康と幸せを最優先に考えましょう。
心のケアと支え合う社会へ
機能不全家族で育った方々、特に搾取子としてつらい経験をしてきた方は、自分を信じる力が弱かったり、人との関係がうまくいかなかったり、感情のコントロールが難しかったりと、様々な「生きづらさ」を抱えるため、心のケアは非常に重要です。
なぜ心のケアが必要なのでしょうか
機能不全家族という環境は、子どもの心に深い影響を与え、うつ病や不安障害、摂食障害、アルコール依存症といった心の病を発症するリスクを高めることがあります。
幼い頃に、ご自身を守るために身につけた「頑張りすぎる」「感情を抑え込む」といった振る舞いが、大人になってからの人間関係や日々の生活の中で、かえって生きづらさの原因となってしまうことがあるのです。
これらの心の課題は、お一人で解決しようとせず、専門家や周りの方の支えが必要です。
心のケアの種類
心のケアには、自己理解と受容、専門家の支援、自助グループへの参加などが挙げられます。
ご自身を理解し、受け入れること タップで詳細
まずは、ご自身がアダルトチルドレンであると気づき、「あの時、私が悪かったわけではない」と心から理解することが、回復への大切な一歩となります。
これまで抑え込んできた感情に気づき、幼い頃のご自身を振り返ることで、今感じている「生きづらさ」の根源に光を当てることができます。
専門家のサポート タップで詳細
医師やカウンセラー(公認心理師、臨床心理士など)によるカウンセリングや心理療法は、過去の心の傷を癒し、ご自身の自信を取り戻すための力強い支えとなります。
認知行動療法やトラウマに特化した療法など、さまざまなアプローチがあります。
ご自身に合った方法を見つけるために、専門家にご相談いただくことをお勧めします。
例えば、厚生労働省の資料では、機能不全家族で育ったお母さんが子育ての不安を抱えないよう、心理教育や自己肯定感を育むサポートの重要性が示されています。
自助グループとのつながり タップで詳細
同じようなつらい経験を持つ方々が、お互いの経験や感情を共有し、支え合う「自助グループ」は、一人ではないという安心感を与え、回復への勇気を与えてくれます。
アダルトチルドレンを対象としたACA(アダルト・チルドレン・アノニマス)や、ご家族に依存症の方がいる方向けのアラノンなど、さまざまなグループがあります。
そこは、ご自身が安心して心の底の感情を話せる「安全な場所」となるでしょう。
正しい知識を学ぶ タップで詳細
機能不全家族やアダルトチルドレンについて正しく理解することで、ご自身の状況を客観的に見つめ直し、回復への道筋を見つけることができます。
小さな一歩を踏み出す タップで詳細
日々の生活の中で、ご自身の気持ちを少しずつ表現してみる、人との関わりの中で「こうしたい」という気持ちを伝えてみるなど、
小さな一歩を試してみることも、ご自身の力を取り戻すことにつながります。
※アラノンとは アルコール依存の問題を持つ人の家族と友人が、お互いの共通の問題を解決していく自助グループです。
※ACA【体験記】自助グループ『アダルト・チルドレン・アノニマス(ACA)』に参加してみた
親の介護と心の葛藤
親の介護は、きょうだいの間で愛情や役割が偏っていた家族にとって、関係が再び難しくなる大切な時期となります。
特に、特定のきょうだいに介護の負担が集中してしまい、深刻な問題に発展するケースも少なくありません。
介護の重荷と搾取子の苦悩
親の介護は、長男や長女、あるいは親と暮らしている子ども、実家の近くに住んでいる子どもなど、特定のきょうだいに負担が集中しやすい傾向があります。
これは、親が一番上を頼りがちだったり、末っ子を甘やかしていたりといった、これまでの家族のあり方が影響していることもあります。
幼い頃から親の世話を担ってきた搾取子は、親の介護においても、主な介護者になりやすく、その重い負担を一人で背負いがちです。
これは、他のきょうだいが介護から距離を置く中で、「自分がやらなければ」という責任感や罪悪感から、全てを抱え込んでしまうためです。
幼い頃からの不満や怒りが介護をきっかけに再燃し、親への複雑な感情を抱えながら、心身ともに疲れ果ててしまうことも少なくありません。「介護うつ」になるリスクも高まります。
介護にかかる費用を巡る金銭トラブルも多く、例えば、おむつ代や施設費用などの負担をめぐって、きょうだい間で意見が食い違うこともあります。
また、親の介護負担が遺産相続の際に考慮されず、きょうだい間の争いに発展することもあります。介護のために仕事を辞めざるを得なくなり、収入が減って経済的に苦しくなるなど、家族の心のゆとりが奪われ、家族関係が壊れてしまう恐れもあります。
愛玩子の介護における心の葛藤
親から甘い蜜を吸わされて育ってきた愛玩子は、積極的な介護への関わりが少なかったり、介護を担うきょうだいからの金銭的な援助依頼をためらい嫌がる傾向があると言われています。
愛玩子だった自分への親の期待に応え続けられないことへの恐れや、ご自身の生活を守りたいという気持ちから、介護の負担を避ける行動に出てしまうことがあります。これにより、他のきょうだいとの間にさらなる溝や不満が生じ、関係が悪化してしまう可能性もあります。
新しい未来へ 歩み始めるための支え
きょうだい格差によって生まれた「生きづらさ」は、ご自身の努力だけで解決できるものではありません。
心からの回復には、心理的な支えや、社会全体で支え合う仕組み、そして家族の中で繰り返されてきたつらい連鎖を断ち切るための、多方面からの温かいサポートが必要です。
問題に光を当てる、そして早く見つける タップで詳細
機能不全家族やきょうだい格差、そしてヤングケアラーのように、これまで見えにくかった問題に、社会全体で目を向け、早く気づけるような体制を整えることが大切です。
学校や地域、医療機関など、子どもや家族が普段接する場所で、「もしかしたら…」と気づくための研修や啓発活動を広めていくことが重要です。
「うちの家族は普通だから」「家族のことは内緒」といった思いから、子どもや家族がなかなか助けを求められないこともあります。
こうした心の壁を乗り越え、誰もが安心して相談できる環境を整えていくことが、何よりも大切です。
切れ目のない、温かい支えを届ける タップで詳細
ご自身へのカウンセリングや、同じ経験を持つ方々が集まる自助グループはもちろんのこと、家族全体を対象とした家族療法や、心の学びを通じて、家族の絆を健康なものにしていくサポートが必要です。
ヤングケアラーの方々には、学校での勉強を支えたり、安心して過ごせる居場所を提供したり、同じ境遇の仲間と語り合う機会を設けたりと、多方面からの生活支援を途切れることなくお届けしていくことが大切です。
子どもが子どもらしい生活を送れるよう、ずっと寄り添い続ける支えが必要です。
介護の問題では、親が元気なうちからきょうだいで話し合い、役割分担を決めたり、介護保険サービスなどの公的な支援を積極的に利用したりすることで、介護を担う方が一人で抱え込まないように支えを強化していくことが求められます。
家族のつらい連鎖を断ち切る社会へ タップで詳細
もし親自身が、機能不全な家族で育った経験がある場合、その養育の形が次の世代にも繰り返されてしまうリスクがあります。
このつらい連鎖を止めるためには、親世代への心の支えや、ご自身の育ちを振り返る機会を促すことが大切です。
「毒親」という言葉のように、ご自身の経験を肯定的に捉え直すためのさまざまな考え方を知ることも、心の回復に役立つでしょう。
また、「家族は助け合うのが当たり前」という伝統的な社会の考え方が、家族の中の負担の偏りや、問題が見えにくくなる原因になっていることもあります。
私たちは、もっと現実的で、さまざまな家族の形を認め合う社会へと考え方を変えていく必要があります。
法律を整えるだけでなく、地域全体でご家族を温かく見守り、支え合う文化を育んでいくことが求められます。
これらの取り組みは、一つ一つの問題を解決するだけでなく、機能不全家族が抱える複雑な課題が、お互いに影響し合っていることを理解し、ご自身、ご家族、そして社会全体が手を取り合って進むべき方向性を示しています。
これにより、誰もが安心してご自身を肯定し、心温まる人間関係を築き、それぞれの素晴らしい力を最大限に発揮できる「あたらしい今日」を歩んでいけることでしょう。
情報ソース元
- 神戸新聞NEXT. ストレスのはけ口にされる「搾取子」とペットのように可愛がられる「愛玩子」…「毒親」が及ぼす人格形成への悪影響
- Diamond.jp. 親が子に甘える逆転親子「愛を搾取された子」はここまで生き延びただけでも奇跡
- NHKハートネット. 「ヤングケアラ-」みなさんからの体験談
- LIFULL介護. 親の介護で兄弟姉妹間に起こりがちなトラブルの例と対策
- 厚生労働省. アルコール問題のある親と暮らす 子どものニーズと家族支援
- Reme(リミー). アダルトチルドレンの回復の4ステップを具体例でご紹介
- ダイレクトコミュニケーション. 機能不全家族の特徴と精神疾患、改善方法を公認心理師が解説