毒親連鎖・虐待連鎖はなぜ起きやすいの?
私自身が毒母から受けてきた虐待の数々については、過去の記事にまとめてありますのでご覧になっていただければと思います。
「虐待は繰り返しやすい」
「毒親連鎖は起こりやすい」
世の中ではこのように言われることの方が多いです。確かにその確率は、なにもしなければ高いかもしれないと身を以て思います。
自分がされて嫌だったことは、自分の子どもには絶対にしない。
志しは美しくとても立派です。私も若い頃は心からそう思っていました。しかし私のなかに毒母の面影があり、遺伝子が受け継がれていることを認めると…その立派な誓いがいかに脆いものであるかを痛感しました。
自分がされて嫌だったことは、自分の子どもには絶対にしない。
また、この思いを気高く貫けるほど子育てはたやすくはありません。
毒親からの影響と、思い通りにならない子育ての難しさ
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毒親からうけた理不尽さや寂しさが、じつは悪意のあるものではなく発達障害の特性によるもの(例:子どもに関心が薄い・情緒的交流が弱い/過剰な交流を求める/ほか)であるばあいや、境界知能等によるものであったばあい、ご自身もしくはお子さんに似た特性がみられ、子育てがひじょうに難しくなることがあります。
そういったばあいに、決してそのつもりはないのに「思い通りにならない子育て」に対する苛立ちや焦り、ストレスが、子どもに向かって『虐待の刃』になってしまうというケースは珍しいことではありません。
また、20代の私のように、生まれたばかりの子犬を飼育するなかで「適切な躾がわからない」と壁にぶつかるケースもあります。
甘やかすことと可愛がること、躾と叱ることの『境界線』がわからなくて、自分がとても怖くなりました。そこで私は「虐待連鎖」「毒親連鎖」を断つためのカウンセリングを受けることになるのです。
インタグラムに「虐待連鎖」「毒親連鎖」を断つために手放してきたことを日々まとめてポストしはじめました。よければご覧ください。
子どもを持つ前に夫と交わした「育児プリナップ」
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虐待連鎖・毒親連鎖を断つためのカウンセリングをうけると同時に、認知の歪みも矯正していき、効果が見られ効果が安定し始めた頃に、将来の子育てに対する不安などを含め夫と何度も話し合いを重ねました。
- 年子育児は避けたいこと
- 週に2度、1人でお風呂に入りたいこと
- 育児にかかりっきりになりたくはないこと
- 子どもにヒステリーを絶対に向けたくないこと
- 完母(完全母乳)にはまったくこだわりがないこと
- 本音をいえば子どもの入浴は夫にしてもらいたいこと
- 子どもにかまわない時間を1~2時間/日はほしいこと
- 子育ては妻のしごと、女性の役割というステレオタイプな考えに私をあてはめてほしくないこと
- 義母の育児協力についての本音、ほか多数
双方が納得できる、夫も妻も「同じ量、育児をする」「どちらか片方だけに負担がいくことがない」という条件をしっかりと盛り込んだプリナップを作成し署名捺印を交わしてから、子どもを産み、一緒に育てていくことに決めました。
50歳を迎えて見えたこと
あれから20年の時が瞬く間にすぎて、私自身の50歳が眼前に迫ってきた頃にコロナ禍がはじまり、成人年齢の引き下げがはじまり――親としての大方の役割が終わりました。
母の育児に呆れるばかりだった、初めての育児
子育て真っ最中の頃は、よくもまあこんなにも壊れやすい存在に手を挙げることができたな、暴言を吐き続けることができたな、ストレスをぶつけることができるものだと、毒母に対して呆れるばかりでした。
わが子がひっくり返した皿で汚れたフローリングを拭いている私の頭上から、牛乳がしたたり落ちてくる…といったようなことは日常茶飯事で、うんざりしない日なんてありませんでした。
白いはずの壁がピンク色に染まっていて「ハテ?」と振り返ると、わが子も犬もピンク色に! 冷蔵庫の奥に隠しておいたいただきもののイチゴの果肉や果汁が一面に散らばっていて大掃除に大洗濯に大入浴…なんてことも頻繁で。※毎回イチゴではありませんが
それでも、好き放題に暴れまわって騒ぎまくって疲れて眠る丸いツヤツヤパツパツのほっぺや細いまつ毛を見ていると、(寝ている時は)かわいいなあ…天使がわが家にやってきたんだなあ…などと親バカがさく裂するんですよね。
母の育児をおだやかに振り返る余裕ができた
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子育てをすればするほど、子に向き合えば向き合うほど、私や弟達に精神的・肉体的虐待を続けた母を理解できませんでした。鬼か悪魔か鬼畜の仕業かとさえ思えました。
けれど不思議なものです。
私自身の年齢が上がるに従い子育てもそれなりに落ち着いてくると、毒母の子育てを客観的に思いだせるようになってきました。
- 完璧主義で白黒思考。
- 人間関係は「敵か味方か」の、0・100思考。
- 数多の育児書で学んだ子育て論が「成功」であり、それ以外は「失敗」という思い込みにとらわれ、手を抜くことも気を抜くこともできなかった。
子育てなんて思い通りにいかないことが99.9%なのに、思い通りにいかないのは「おかしい!」、育児書に書いてあったとおりにいかないのは「おかしい!」、同月齢のよその子はできているのにうちの子は…「おかしい!」と自分にも子どもにも、良い意味でのいい加減を持ちだすことができなかった可哀そうな人。それが母でした。
良い父親≠良い夫
父は、育児に非協力ではなかったと思います。
弟たちと話をしてみても、決して育児の「おいしいところだけ」を父がもっていったとは思えない。
しかし、私たち子どもにとって優しくて楽しいお父さんは、母にとって「常に察して先回りをしてくれる、溢れんばかりにわかりやすく愛情を注ぎつづける良い夫」ではなかったのだろうと思います。細くなった記憶の糸をたどれば、父が率先して家事をしているイメージは皆無。昔はそれが当たり前だったのかもしれないけれど――。
このブログのなかに「かまってちゃん」と「察してちゃん」の記事および診断テストがあります。母は「察してちゃん」にぴったりあてはまる人でした。
恐らく子どもの頃の母はかまってちゃんだったのだろうと思います。しかし、求めるように構ってもらえないという現実から自身を守るために、察してちゃんに転じた悲しきパターン。
白黒思考・0:100思考の育児は子どもも自分も苦しめる
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一生懸命に子育てに奮闘していることを、誰かに褒められたり認められたかった。子育ての壁にぶつかった時に「大丈夫、それでいいのよ」「なにひとつ間違っていないのよ」と誰かに頭をなでられたり優しく手を握ってもらいたかった。
しかし母は母自身が子どもの頃に、思うようにかまってってくれなかった母親(祖母)にうまく甘えたり子育てを相談したり頼ったりすることができずに「独り」で子育てをしなければいけない。「独り」で子どもを立派に育てなければならない。という「べきべき思考/白黒思考」に陥ってしまい、自らを八方塞がりにしてしまうのです。
そのフラストレーションは自ずと子どもに向かい、虐待という最悪のケースに転じてしまったのだろう――というのが、母が通院していた精神科の主治医と心療内科の専門である私の見解の一致です。
母もまた、愛情はあるのだけどわが子に情緒的に関心を寄せにくい祖母からの『毒親連鎖の被害児』でした。祖母はとてもさっぱりしていて、個性的な人ではありましたが、孫の目には愛情深い人として映っていました。ただ、母の性格とは合わないだろうなというのは幼いながらにもわかるものでした。
憎みつづけるエネルギーは膨大な消費
私の体には母から受けた虐待の傷跡がいまだに残っていますから、忘れることはできません。許したわけでは決してないけれど、憎むことはもうとっくに手放しました。
憎みつづける。
怒りをもちつづける。
これってものすごいエネルギーを使うんですよね。40代に入ると、そこにエネルギーを消費したくなくなるんですよ、毎日とっても疲れるから。
それに、私は幸せになりたかった。
過去にうけた傷をなかったことにはしないけれど、過去の出来事にしたかった。忘れたかったわけではなく、忘れようとしたわけでもなく、そこにこだわる必要がないくらい、幸せになるための道を切り開いて歩いていける強さを私はもう身に着けていました。
- 認知の歪みを矯正する治療をうけたこと。
- 毒親連鎖・虐待連鎖を断つカウンセリングをうけたこと。
20代だった当時の私にとっては大きな決断でしたが、まさしく英断だったと思います。
40代、50代、60代に入られてから、こういった治療のご相談にいらっしゃる方は年々増えてきています。気持ちはすごくわかります。人生の半ばを過ぎて後半戦に差し掛かり「自分の幸せ」について考えたり「過去と折り合いをつけたくなる」んですよね。
それは、許すとか許さないとかではなく、過去の自分を癒したり、過去の自分を慰めたり、被虐待児だった自分の子育てを第三者の視点で振り返り、誰かに優しく諭されたり「がんばったね」と言われたくなったりするんですよね。
年齢的には十分に大人なんですけど、未完成のままの子どもの頃の自分も心のなかに同時に居るので、“その子”をきちんと大人にしてあげるタイミングが必要なんだと思います。
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毒親育ちが50歳になって思ったこと~心療内科を志した私の記録第四弾は、最後にしてとても長くなりましたが、思いの丈を等身大で書くことができましたし、書けてよかったです。自分のブログなので好きに書けばいいじゃんってはなしですけど(笑)
もちろん世の中には、たとえ天変地異が起こったとしても許されることのない惨い親が居ることもよく知っています。反省の色もなければ、ふてぶてしく図々しい親は決して少なくありません。
お子さんを含むお身内が、誰ひとりとして面会にいらっしゃらない高齢者がいると…「そういう親だったのかな」なんて想像することもあります。
私はこれからも「可哀そうな子どもが1人でも減るように」「可哀そうな子どもをつくらないように」という志しを持って、治療を続けてまいります。同時に「かつて可哀そうな子どもだった大人が、時を経て自分自身を癒せる機会を持てるように」カウンセリングにも引き続き従事してまいります。
必要でしたら、いつでもお声がけください。
あの頃、子どもだった私たちは必死の思いで頑張って生きてきましたよね! もう思う存分「解放」されていい時機がきたと思います! 一 真由〔心療内科・カウンセラー〕