近年、「カサンドラ症候群」という言葉を耳にする機会が増えました。
家庭、職場、パートナーやお友達との間で、「自分の思いが伝わらない」「誰にも理解してもらえない」といった強い孤独感や不安感を抱える方々の苦しみが、少しずつ社会に認知され始めています。
この言葉の広がりは、これまで声を上げられなかった人々の苦しみを可視化する一助となった一方で、新たな問題も生んでいます。それは、カサンドラ症候群に関する意見やニュースを見聞きするたびに、「申し訳なく思う」人々がいるという現実です。
「カサンドラ症候群」という言葉が広まったからこそ、生まれた葛藤
カサンドラ症候群とは、一般的に、ASD(自閉スペクトラム症)傾向や、ASDとADHD(注意欠如・多動症)の併存傾向があるパートナーや家族、同僚などと密接に関わる人が経験する、不眠、不安、抑うつといった心身の不調や困難、ストレスを指します。
SNSでは、カサンドラ症候群と思われる状況に苦しむ声が多く見受けられます。しかしその一方で、こんな悲痛な投稿も目にしました。
「カサンドラのポストを見かけるたびに、自分たちは生きていない方がいいのではと感じる」
「生きていることが迷惑になっているなんて……」
これらは、ASDやADHDの傾向を持つ方や診断済みの方、そしてその傾向がある大切なお子さんを持つ親御さんの声です。
私自身も、過去に「カサンドラ症候群にならないためには」といった記事を数本公開したことがあります。
それらの記事は、決してASDやADHDの傾向を持つ方々やそのご家族を非難する意図はなく、また、カサンドラ症候群の症状に苦しむ方々を一方的に擁護するためでもありませんでした。神経発達症(発達障害)に対する誤解や過度な拒否反応を減らし、相互理解が深まることを願ってのものでした。
しかし、例えば「ASD傾向のある人と関わる人が経験する困難やストレス」といった表現でさえ、当事者の方々にとっては「自分は周囲に困難やストレスを与える存在なのだ」と、ご自身の存在意義を深く傷つけるものになってしまう可能性があることに、改めて気づかされました。
これまで私の記事に対して直接的なご指摘はなかったものの、それはご配慮くださった結果か、あるいは「言っても無駄だ」と諦めさせてしまった結果かもしれません。この場を借りて、もしお心を痛めた方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。
「誰かのせい」ではない苦しみへ – 目指したい社会の姿
特性を持つ人も持たない人も、誰もが二次障害としてパニック発作やうつ症状などを発症せず、穏やかに暮らせる社会。そのために必要なのは、何よりも「相互理解」だと考えます。
「カサンドラのポストを見るたびに、自分たちは生きていない方がいいのでは」
このような悲しい思いを抱く人が一人でも減る世界を願っていますが、残念ながら、それはまだ実現していません。
古い価値観や精神論が少しずつ見直され、変化の兆しは感じられるものの、発達特性を持つ方々やそのご家族が「生きづらさを手放せた!」と心から言える状況には、まだ至っていないのが現状です。
医療技術は進歩しても、個々人の「これが普通」「これが常識」といった固定観念が、自分とは異なる他者の「当たり前」を柔軟に受け入れるまでには、もう少し時間がかかるのかもしれません。
カサンドラ症候群を「症状」として捉え、ケアする視点へ
私が強く願うのは、カサンドラ症候群が「特定の誰かと接することによって生じる問題」としてではなく、「風邪をひいた」「お腹の調子が悪い」といった身体の不調と同じように、「この症状が出たら適切なケアや治療が必要ですよ」というカテゴリーとして認識されるようになることです。
そうなれば、「あの人のせいで私がカサンドラになった」とか「私のせいで誰かが苦しんでいる」といった、誰かを責めたり、自分を責めたりする構造から抜け出しやすくなるのではないでしょうか。
参考 – カサンドラ症候群で見られる心身の症状
カサンドラ症候群は、真面目・几帳面・完璧主義・我慢強くて面倒見の良い人に起こりやすいと言われています。
1. 精神的な症状
- 強い孤独感:一人で抱え込んでしまう
- 不安・抑うつ:気分が落ち込み、何をしても楽しく感じられない
- 怒りやイライラ:理解されないことへのフラストレーション
- 自己否定感:自分が悪いのではないか、努力が足りないのではないかと責めてしまう
- 無気力・意欲低下:やる気が起きず、何をするのも億劫になる
2. 身体的な症状
- 慢性的な疲労感:十分な休息をとっても疲れが取れない
- 頭痛・めまい・動悸:強いストレスによる自律神経の乱れ
- 胃腸の不調:ストレスによる胃痛、下痢、便秘など
- 不眠・過眠:寝つきが悪い、途中で目が覚める、逆に寝すぎる
3. 行動の変化
- 過剰な努力・適応:合わせようとしすぎて自分を犠牲にする
- 他人に相談できない:誰にも理解されないと感じ、孤立する
- 感情の爆発:普段は我慢しているが、ある時急に怒りや悲しみが爆発する
- 人間関係の悪化:周囲の人とのコミュニケーションが難しくなる
4. これらが進行すると…
- うつ病や適応障害につながる
- 心身の健康が深刻に悪化し、生活に支障をきたす
これらの症状は、誰か特定の人の「せい」ではなく、置かれた環境や状況からくる心身のサインとして捉えることが大切です。
最後に – 私にできること
「カサンドラのポストを見るたびに、自分たちは生きていない方がいいのでは」
このような悲しい思いを抱く方が一人でも減るように。そして、カサンドラ症候群の苦しみを抱える方も、発達特性を持つ方も、そのご家族も、誰もが不必要に自分を責めたり、誰かを責めたりすることなく穏やかに暮らせるように。
そのために自分に何ができるのかを今一度見つめ直し、必要な情報を、必要な人に届けられるよう、これからも発信を続けていきたいと思います。この記事が少しでも相互理解の輪を広げるきっかけになれば幸いです。
一 真由〔心と体の不調に詳しいお節介カウンセラー〕
情報ソース
分野 | 出典名 | リンク | 説明 |
---|---|---|---|
発達障害全般 | 厚生労働省|発達障害情報・支援センター(国立障害者リハビリテーションセンター)ー | 発達障害情報・支援センター | 発達障害に関する基本知識・家族支援情報など網羅されており、ASDとの関係説明に有効 |
心の健康全般 | 国立精神・神経医療支援センター|こころもメンテしよう | こころの情報サイト | メンタルヘルス・ストレス・不安・うつなど、心の不調に対する国の公式啓発サイト |
子育て支援 | 国立成育医療研究センター|発達障害と家族支援 | 発達評価支援室 | 国立成育医療研究センター | 小児の発達障害とその周囲の支援に関する情報、保護者向けの心理的ケアにも言及あり |
大人の発達障害 | 武田薬品工業|周囲の方へ どう接し、どう伝えるか | 周囲の方へ どう接し、どう伝えるか、行動のヒント – 武田薬品工業 | 「大人の発達障害ナビ」 | 周囲の方が発達障害について調べる方法や、接し方、伝え方のヒントを紹介します |
カサンドラ症候群 | LITALICO(リタリコ)|発達ナビ:カサンドラ症候群の解説 | 「カサンドラ症候群」の検索結果【LITALICO発達ナビ】 | カサンドラ症候群とは?症状や原因、治療や対処法について分かりやすく解説します |