はじめてのカウンセリング時に彼女は言った。
これまで数多くの片づけ本を読み、推奨されている片づけ術を試してきました。だけどどれもこれもうまくはいかなかった。
その時は片づいても数日経てば元通り…。
「それなのにそのたびに片付けようと行動を起こすのはえらいね」
でも片付いた状態が続かないんです
罪悪感が湧く片づけ術が続かない理由
「よくある片づけ術のなかで、試してみたけど合わなかったものは?」
「1年使ってない物は捨てるとか…」
「合わなかった?」
「罪悪感が…」
「あー確かにねぇ。ほかに試した片付け術は?」
「すべての物に置き場所を作るために、細かく分けて収納…みたいなの」
「あぁ、それはADHDがなくてもかったるいよ(笑) 忙しいのにやってられっかよって感じだわよ」
「自分に合った片づけ術があればいいんだけど…とにかく世間で言われている片づけ術はたくさん試してきたけど、ダメでした」
「オッケーわかった、考えるわね」
10歳のADHD女子が教えてくれた罪悪感の「裏側」にあるもの
片づけが苦手なADHDの特性を持つ人に「捨てるのは罪悪感がある」と仰る方はとても多い。これに関しては半年使っていなかろうと、1年使っていなかろうが月日の問題ではないようだ。
私ごとで恐縮だが、親友がADHD(ASDと併発)だったり、友人の娘がADHDだったりするため彼女たちの片づけをリモートで手伝うことが多い。ある日、小学5年生の友人の娘が声を潜めて教えてくれた。
この人形は3年生の時におじいちゃんに買ってもらった
この色鉛筆のセットは幼稚園の時の誕生会でもらった
このリボンはお土産についてた、ピンク色で可愛いでしょ
使っていなかろうが、日常的に出番がないものであろうが、彼女が保有するそのひとつひとつには10年分の物語がある。
70年先まで会うことの叶わないおじいちゃんに可愛がってもらった思い出や、「お土産のわけかたでパパとママがケンカした」という思い出はそのモノとセットになっている。
普段は思い出すことがなくても、片付けなさい! とママから叱られるたびに思い出して「とってもいい気分になる」のだそう。
捨てられないすべてのモノに物語を持っているなんて、すごく幸せなことじゃないか。とてもじゃないけど「だけど使ってないでしょ? なら捨てなさい」とは言えない。
日本の住居は広くない
とはいえ、そう。とはいえなのだ。日本の住居は広くない。
思い出とモノは毎日のように増えていくから、床も見えなくなるし、そのうち壁も見えなくなる。天井が近くなる日も遠くない?!
だから「片付けたい」けど「捨てたくない」だから「預ける」ことを、彼女に提案した。「サマリーポケットいいよ、うちも使ってるよ」と。
先生、サマリーポケット申し込んで届きました~♪
「おおっ、早い。さすが!」
「すぐに届きました~♪」
「いいね~♪ じゃあ、創作活動の完成品を詰めて送り返しましょうか」
やりました♪
「へっ?」
「明日追加で箱が届きます」
「へっ?」
「今週末に集荷がきます。足りなくて…」
「いいね~(笑) サマリーいい感じでしょ?」
「楽です~♪」
「罪悪感ないでしょ?」
「はい♡」
以降、彼女もうちの家族やうちのクリニックのスタッフ達と同じく立派なサマリーポケット愛用者となる。
「さて、じゃあそれなりに床も見えてきたんじゃない?」
「そんなことはないです」
「なんでよ(笑)」
A. 創作系の趣味のもの
B. 通勤着や普段着・家着
C. 取り込んだ洗濯もの
D. 文房具
E. 仕事書類
F. チラシやDM
⦁ バッグ類(5個)
⦁ ガジェット類(3個)
⦁ 書籍/DVD/CD(30~40個)
「Aが減っただけなので…💦」
「そうだったわね~(笑)」
ADHDなどの発達特性がある人の片づけ術でだいじなことは
- 罪悪感を持たせないこと
- 選択肢と情報量は極力減らすこと
- 片づけ術の固定概念を1つでも減らすこと
- 「アクション」は1つでも少なくすること
- 使用頻度の高い物への「アクションは特に少なく」
「どういう意味ですか?」
「詳しいことは次回よ!」→[続く]