前回、前々回のコラムで、ADHDやASDの特性による忘れ物・失くし物の「あるある」エピソードや、それを減らすための試行錯誤について見てきました。どれだけ工夫しても、対策をしても、忘れてしまうことはあります。
問題はその「忘れ物・失くし物」が起きてしまった時。
つい口から出てしまう一言が、本人の心を深く傷つけたり、かえって状況を悪化させてしまうことがあります。逆に、温かい言葉が次への意欲や安心感につながることも。
今回は、忘れ物・失くし物をしてしまった人への「声かけ」に焦点を当て、ASDやADHDの特性にも触れながら、良い例と悪い例、そしてその理由について考えてみましょう。
これは避けたい…NGな声かけとその理由

- 「なんでいつも忘れるの!」「またやったの!?」
- なぜ良くない?
「いつも」「また」という言葉は、過去の失敗も含めて人格全体を否定されているように感じさせてしまいます。ADHDの特性として、不注意や衝動性は「わざと」や「やる気がない」からではありません。
ワーキングメモリの限界や実行機能(計画・実行する力)の課題が背景にあることが多いのです。このような叱責は、本人を追い詰め、自己肯定感を著しく低下させるだけで、具体的な改善にはつながりません。 - 特性との関連
過去の失敗体験を想起させ、不安や萎縮を招きます。「どうせ自分はダメなんだ」という無力感を強めてしまう可能性があります。
- なぜ良くない?
- 「だから言ったでしょ!」「言わんこっちゃない!」
- なぜ良くない?
相手が困っている状況で、さらに追い打ちをかけるような言葉です。正論を言われても、本人は「責められている」と感じるだけで、反省や次への対策を考える余裕を失います。プライドを傷つけ、心を閉ざしてしまう原因にもなりかねません。 - 特性との関連
ASDの特性として、曖昧な言い方や皮肉が伝わりにくかったり、言葉を文字通り受け取ったりする傾向がある場合、この種の言葉は純粋な非難として強く響き、混乱や傷つきを招くことがあります。
- なぜ良くない?
- 「もう知らない!」「勝手にしなさい!」
- なぜ良くない?
突き放すような言葉は、本人に強い孤立感や見捨てられ不安を与えます。困っている時に頼れる人がいないと感じると、失敗を隠そうとしたり、相談できなくなったりする悪循環に陥る可能性があります。家族やパートナーなど、身近な人からの拒絶は特に大きなダメージとなります。 - 特性との関連
不安を感じやすい特性を持つ方にとっては、このような突き放しはパニックや混乱を引き起こす可能性があります。安定した人間関係は、安心して物事に取り組むための土台となります。
- なぜ良くない?
心がけたい、優しい声かけとその理由

- 「そっか、忘れちゃったか。じゃあ、次はどうしたら忘れにくいかな?」「手伝ってほしいことある?」
- なぜ良い?
過去の失敗を責めるのではなく、「次」に目を向けた前向きな声かけです。一方的に解決策を押し付けるのではなく、「どうしたらいいか」を一緒に考える姿勢を示すことで、本人の主体性を尊重し、工夫する意欲を引き出すことができます。 - 特性との関連
具体的な行動計画を立てるのが苦手な実行機能の課題がある場合、一緒に考えるプロセスは大きな助けになります。「手伝えること」を尋ねることで、必要なサポートを具体的に伝えやすくなります。
- なぜ良い?
- 「忘れちゃったんだね。大丈夫?」「一緒に探そうか?」
- なぜ良い?
まずは、起きた事実(忘れたこと)を受け止め、本人の気持ち(困っている、焦っている)に寄り添う姿勢を示します。「大丈夫?」という言葉は安心感を与え、「一緒に」という言葉は、一人で抱え込まなくて良いというメッセージになります。 - 特性との関連
パニックになりやすい、あるいはフリーズしやすい特性がある場合、まず安心できる言葉かけをすることで、落ち着いて次の行動に移りやすくなります。共感的な態度は、信頼関係を築く上でも重要です。
- なぜ良い?
- 「落ち込むのはあと!まずは探そう!」「大丈夫、見つかるよ!」 ※ただし、状況に応じて
- なぜ良い?
失敗して落ち込んでいる本人に対して、過度なプレッシャーを和らげる効果があります。「忘れても、失くしても大丈夫」という意味ではなく、「忘れたこと、失くしたことによって優先順位が変わったから、意識をスイッチングしよう!」というニュアンスで伝えることが大切です。ただし、明らかに重大な忘れ物の場合や、繰り返される場合には、この言葉だけでは不十分なこともあります。 - 特性との関連
完璧主義の傾向があったり、失敗への恐怖が強かったりする場合、適度な許容を示す言葉は、過剰な自己否定を防ぐ助けになります。
- なぜ良い?
まとめ:責めるより、次へつなげるコミュニケーションを

忘れ物や失くし物は、本人にとっても辛いことです。
「またやってしまった」という罪悪感や自己嫌悪に、すでに苛まれていることも少なくありません。そんな時に、追い打ちをかけるような言葉ではなく、安心感を与え、共に未来へ向かう姿勢を示す言葉を選ぶことが、本人にとっても、そして家族全体の穏やかな関係にとっても、とても大切です。
もちろん、いつも冷静に、優しく対応できるとは限りません。家族だって、疲れたり、イライラしたりするのは当然です。でも、ほんの少しだけ声かけを意識することで、お互いの気持ちが少し楽になるかもしれません。
この3本のコラムが、忘れ物・失くし物という困りごとを抱えるご本人とご家族にとって、少しでもお役に立てれば幸いです。